第6回「斎藤茂太賞」授賞式を開く!

 一般社団法人日本旅行作家協会(会長/下重暁子・会員数180人)は、創立会長の故・斎藤茂太氏(作家・精神科医)の功績をたたえ、またその志を引き継ぐため、氏の生誕100年、没後10年にあたる2016年、旅にかかわる優れた著作を表彰する「斎藤茂太賞」を創設しました。
 第6回の今年は、2020年に出版された紀行・旅行記、旅に関するエッセイ及びノンフィクション作品を対象とし、会員による数次の選考を経て、去る2021年7月8日、下重暁子(作家)、大岡玲(作家)、芦原伸(紀行作家・元SINRA編集長)、種村国夫(イラストレーター・エッセイスト)の4氏によって最終選考が行われ(椎名誠氏は欠席)、山本高樹著の『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』(雷鳥社)が受賞作に選ばれました。
 コロナ禍の中、選考スケジュールが遅れ、授賞式の開催も危ぶまれましたが、関係者の努力が実り、11月25日に日本プレスセンター内のレストランアラスカで行われた授賞式には、選考委員の4氏をはじめ日本旅行作家協会の会員約50名が集まり、著者の山本高樹さんを祝福しました。(写真:戸川覚)
 

授賞式に先立って挨拶し、選評を述べる下重暁子会長
 
選評を述べる大岡玲氏

受賞の言葉を述べる山本氏
 
最後に市岡正朗実行委員長が「旅の良書2021」を発表し、締めの挨拶

 斎藤茂太賞の正賞は賞状とクリスタルの盾、賞金30万円。今回も、サントリーホールディングス(株)、(株)ウッドワン、日進ホールディングス(株)、協和海外旅行(株)に協賛いただきました。心より感謝いたします。
 
◇第6回「斎藤茂太賞」受賞作
 山本高樹:著
『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ!
(雷鳥社)
<著者プロフィール>
 著述家・編集者・写真家。1969年岡山県生まれ、早稲田大学第一文学部卒。2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックおよびザンスカールに長期滞在して取材を敢行。以来、この地方での取材をライフワークとしながら、世界各地を取材で飛び回る日々を送っている

 また、昨年に続き斎藤茂太賞受賞作以外の優れた作品を「旅の良書2021」に選定、授賞式の最後に以下の9冊を発表しました。
<旅の良書2021>
■奥村忍『中国手仕事紀行』(青幻舎)
■斉藤政喜『シェルパ斉藤の遊歩見聞録』(小学館)
■梨木香歩『風と双眼鏡、膝掛け毛布』(筑摩書房)
​​■谷釜尋徳『歩く江戸の旅人たち』(晃洋書房)
■池田正孝『世界の児童文学をめぐる旅』(エクスナレッジ)
■川原真由美『山とあめ玉と絵具箱』(リトルモア)
■中村安希『もてなしとごちそう』(大和書房)
​​■岡田悠『0メートルの旅 日常を引き剥がす16の物語』(ダイヤモンド社)

 選評

下重 暁子
作家
日本旅行作家協会会長
旅の意味を考えさせる本格的な旅行記

『0メートルの旅』は若い著者の才気を全体に感じて、一定の評価はできるものの、ブログ的な言葉の多用と感性的な表現が跳びはねすぎている点がマイナス。『もてなしとごちそう』は、過去に大きな賞をとった著者だけあって、さすがに文章には手だれを感じるが、エピソードの集積で読後の印象が薄くなっている点が弱い。
 『冬の旅』はシューベルトの有名な歌曲集の名。この簡潔そのものの題をつけた旅の本が、3冊目の最終候補作に残されていた。「斎藤茂太賞」は今年で6年目、本格的な旅行記にふさわしい本が見つかった。
 著者は編集者であり、写真家であり、インド北部の山岳地帯ラダックやザンスカールに長期滞在して取材する。そして、何度も訪れているヒマラヤの西外れの高地ザンスカールの奥で人知れず行われる祭りを見るために、氷の川を渡り、雪の洞窟で眠り、雪崩を越えて、あえて冬の旅に挑む。そこには何度もガイドを勤めてもらった男とその親族や暮らしている人々がいる。
 人々はこの苛烈な土地で生きることを、先祖代々なぜ選んでいるのだろうか。私たちはなぜ旅をするのか。そこにある自然、風物はもとより、最終的に私たちを惹きつけてやまないのは人である。私自身歳を経るにつけ、会いたい人と暮らしを求めて旅に出る。彼等は確かにそこで生きている。
 さり気なく淡々と毎日を過ごしている。著者が訪れる度にガイドの役を勤め親交を暖めているが、それ以上には近づかない。旅の間中、出来る限りの持てる力で旅人を助け、仕事とはいえ危険をも辞さない。
 今回の冬の旅でも、20年前に知り合ったガイドの男が若い甥を道連れにして厳しい旅に立ち向かう。彼等も今度の祭りを見る冬の旅には詳しくはない。
 彼等の会話や道案内には命をかけた厳しさと、遠い日本からやって来た旅人への優しさがある。けっしてそれを売り物にせず、そこで生きている彼等の暮らしを淡々と見せる。「生きるとは何か」著者はその姿を見て考える。自分自身の生と重ね合わせながら。
 彼等にとって、ただの仕事でないように、著者にとっても冬の旅はただの仕事ではない、自分の生を知るための一歩一歩を記しながら、日記形式で綴られていく。
 1月13日から2月9日までの酷寒の地の旅の終わり。「じゃ、またな」「あ、また」次の日も会うような軽い挨拶を交わして別れる。旅とは非日常の世界ではなく、日常そのもの生そのものなのだ。
 所々に収められた写真が素晴らしい。第6回の斎藤茂太賞は、この『冬の旅』に決まった。しかし、この冬の旅で辿られた道や山々、そこにへばりつくように暮らす家々も変わろうとしている。世界の他の地と同様に……。『冬の旅』はこの時にしかない。(丸善出版の「學鐙」2021年秋号収載文を改変し収載)


大岡 玲
作家
東京経済大学教授
厳しい旅の過程を接写感覚で叙述。写真家としての力量にも感服

 第6回「斎藤茂太賞」の最終候補に残った3作は実力伯仲、ここからひとつを選べというのは殺生だ、というのが読了直後の感想。が、ひとつの旅を丹念に細密に描きだす凝縮度という点で、山本高樹氏の『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』がわずかに他の2作を凌駕した。
 一帯の平均標高約3500メートル、「ヒマラヤ山脈の西の外れ」にあるザンスカール。そこに、厳寒期のみ「凍った川の上に現れる」幻の道を踏破してたどりつくという過酷な旅。本作は、その旅の過程を徹底した接写感覚でじっくり叙述する。それは、山本氏や一緒に旅をする仲間たちの吐く白い息を間近で見ているような気分に読者を導いていく。この筆力は見事だ。
 旅の仲間たち、ガイドであり著者にとっては友人でもあるパドマや、助っ人として参加したパドマのいとこで19歳のゾクパと、著者が交わす道中の会話は、一瞬の判断の誤りが死に直結するような危険な旅を思わせるものではまったくなくて、まるで高尾山に日曜ハイキングに行くような調子である。が、それでいて、過酷な自然とともに生きていくことの実相が沁み沁みこちらに伝わってくる。さらに、本文にはさみこまれた写真が、その印象を一層際立たせる。著者の写真家としての力量にも感服した。第6回斎藤茂太賞にふさわしい旅行記である。
 残念なのは、最後の章だ。帰国したのちのこの4ページは不要である。「大げさに別離を惜しむようなことは、めったにしない」人々との旅をお説教=人生論で締めくくるのは、「冬の旅」そのものが語ってくれたことを台なしにしかねない。この蛇足のみを惜しむ。


芦原 伸
紀行作家
元「SINRA」編集長
日本旅行作家協会専務理事
過去の探検記録を超えているかは疑問

 岡田悠氏『0メートルの旅』は、「旅は心を動かされる瞬間があればよい」という筆者の考えに基づき、南極から自分の部屋までを旅と捉え、17章が綴られる。これまでの紀行作品とは一線を画している。筆者は33歳、ビジネスマンだが、有給消化率100%をキープする、現代の“働き方改革”の申し子である。
 南アフリカに生息するクロハリオ。筆者はこの滅びゆく稀少なブルー・スワローを見たいがためだけに南アまでゆく。一切観光はしない。見つけた時は「これはぼくの幸せの青い鳥だ」と感動し、旅の意味を感じた。その感動はついには家のなかまで持ち込まれ、グーグルマップのモニターを見ながらエアロバイクのペダルを踏むバーチャルトラベルの喜びを噛みしめる。旅は0メートルの旅もあることを筆者は訴える。文章は口語調で、読みやすく、悪く言えばブログ調だ。ここには「感性」があり、「発見」がある。新人発掘という意味では賞候補に残してよい。
 山本高樹氏『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』は、ヒマラヤ山中の秘境の古王国・ザンスカールへの旅の記録を綴った。著者はそれ以前にも彼地へ赴き1年半を費やして1冊の本をすでに上梓している。しかし、それは著者にとって、「ほんの入口まで行ったに過ぎなかった」と反省した。ザンスカールの最奥地に厳冬、年に一度しかないチベット仏教の祭礼がある。著者は「それを見届けなければホンモノではない」と決死の覚悟で実行した。その探検記録が本書である。現地での旧知の案内人との語らい、ホームステイ先の家族との団らん、キャンプの苦難、修行僧らの苦行など興味深く読み進む。多くの読者にとっては未知の世界だ。その過程が日常的な会話で穏やかに、淡々と語られてゆく。活動記録、探検日記としては十分に評価される作品であるが、これまで賞を得られなかった数々の探検記録と比べ、突破しているか、と思うといささか疑問である。
 中村安希『もてなしとごちそう』は筆者が世界のご馳走を食べ歩いてきたてきた記録である。ご馳走といっても豪華な食事ではない。巷の家庭料理だ。彼女の特質といってよいが、見知らぬ国の誰かと知り合い、自然に友人になってゆく。誰にでもできることではない。そして家庭に招かれ、普段の食事をいただく。ここでは「おもてなし」ではない。素材や調理法、祖先から伝わる料理の知恵を筆者はこまめに記録し、紹介する。読者はそこに見知らぬ世界の人々の暮らしを垣間見ることになる。この作品も従来の紀行作品とは隔絶している。ナチュラルで緩やかな人間のつながりが小気味のいい読後感として残る。著者は『インパラの朝』で開髙健ノンフィクション賞を受賞している。そうした実力が背景にあり、文章表現や風景描写は巧みである。3作の中で私が推すのはこの作品だ。

 
種村 国夫
イラストレーター
クルーズ画伯
日本旅行作家協会常任理事
 文章の巧みな中村安希さんを推したが…

『0メートルの旅』はどうもこの作家の文章が好きになれず、最初に落としてしまった。
『冬の旅』を読み終えたとき、私はすぐに1953年に人類初のエベレスト登頂を果たしたエドモンド・ヒラリー卿が、シェルパのテンジンと助け合いながら偉業を達成したときの情景が目に浮かんだ。
 ヒマラヤの8000メートル級の山々に登るには、その手足となってくれるシェルパやポーターたちとの交流と強力な支えがなくては実現できない。この本はそうした現地のシェルパやその家族たちと真の友情を結び、互いの心の結びつきを得ることが、登頂登山にいかに重要かを教えてくれる。最終選考会では、多数決でこの作品が受賞作に選ばれた。
 しかし、私は今回の茂太賞選考では、女流作家の中村安希さんの『もてなしとごちそう』を推した。面白くて巧みな文章力でぐいぐい読ませてくれる安希さんは、これからも独得なテーマで読者を楽しませてくれそうで、旅行作家として期待大である。

[斎藤茂太プロフィール]
精神医学者として多大な社会貢献をしたほか、趣味の飛行機、汽車、船などの乗りもの愛好家としても知られ、生涯にわたって旅を続け、長らく日本旅行作家協会の創立会長をつとめてきた。
1916(大正5)年3月21日、歌人の斎藤茂吉の長男として東京に生まれる。作家の北杜夫は弟、“窓際OL”の斎藤由香は姪にあたる。明治大学文学部を経て、旧制昭和医学専門学校(現在の昭和大学)を卒業。慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程にて医学博士号を取得する。精神科医として斎藤病院を経営する傍ら、飛行機、鉄道好きで知られ、作家の阿川弘之とともに“乗り物狂”を自称する。
1973(昭和48)年に日本旅行作家協会が結成されると、初代会長となり、地球規模の旅にいそしむ。長身で、恰幅よく、パーティー作法に長け、日本人でタキシードが一番似合う紳士として世界各国との親善に努めた。ほかに日本精神病院協会会長、アルコール健康医学協会会長、日本ペンクラブ理事などを歴任した。
著作は「茂吉の体臭」(岩波書店)、「モタさんの“言葉”」(講談社)、「精神科の待合室」(中央公論社)、「モタさんのヒコーキ談義」(旺文社)、「モタさんの世界のりもの狂走曲」(角川学芸出版)など多数。2006(平成18)年11月20日逝去。2016年は生誕100年、没後10年の節目の年にあたる。

過去の受賞作品および授賞式のもようはこちら
第1回(2016年)  第2回(2017年)  第3回(2018年)  第4回(2019年) 第5回(2020年)
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